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自分らしく生きること

 

 

 

 

自分らしく生きることが最近は難しいと改めて感じるようになった。私はいま27歳。いわゆるアラサーである。学生の頃は20歳はとっくに大人だと思っていたけど実際に思い出すとそんなことなかった。それからあっという間に7年が経った。「アラサー」という言葉や「30歳」という年齢がなぜか女性の節目のような扱いをされ気にしていないようにしててもどうしても意識してしまう自分がいる。30歳が何なのだろう。年齢はそんなに重要なのか。年齢はただの飾りでしかないと思っていたし、年齢を重ねることは怖くはない。ひとつひとつ大事に積み重ねていきたいと思うし、年齢を重ねたらこんな風に生きていきたいとかこんなことをしたいという楽しみもある。ただどうしても「結婚こそが幸せ」とか「子供を育て家を建てるのが勝ち組」とされる世の中が生きづらいと感じることが多くなった。1年1年強くなっていく。田舎あるあるだと思うけどこの傾向が特に強く黙っていてもどこぞの誰々が結婚したとか子供を産んだという話題が嫌でも耳に入る。自分らしく生きて、それなりに好きなところへも足を運び素敵なものを買い、愛する友人と一緒に過ごし充実していないと言ったらうそになるしもちろん楽しい。でも時々後ろめたくなる時がある。自信をもって生きているはずなのに。私はなぜこんな風なのだろう、どうしてみんなと違うのだろうとか。ちょうどお盆期間ということもあり親族と顔を合わせることがあったりするとどうしても今後の将来の話になるのがつらい。自分らしく好きなことに生きていきたいのにどこかいけないことをしているような気持になるし、両親にも申し訳ないような気持になってしまう。結婚したくないわけではない。子供も欲しい。ただ今ではないだけだしそれは周りの子たちを見て焦ってすることじゃない。自分と相手のタイミングこそがすべてだと思う。それまでは自分の時間を楽しんで生きていこうと思っている。世の中の結婚している人が勝ち組とかいう風習が本当に嫌だ。悪いことをしていないのに親不孝なことをしているような気持になったり、結婚とか出産の話題から逃げるようにして生きなければならないのも嫌だ。両親がうるさいとかそういうことではないし、むしろ私の両親は理解があるほうだと思う。(内心気にしていると思うけど)ただどこに行ってもこんな話題はついて回る。気にしていないようにしていても自分も気にしてしまうのも嫌だ。自信をもって生きているはずなのに、自分の生き方に納得しているはずなのに時々全部投げ捨てて消えてしまいたくなることがある。既婚者の友人と話したときに生き方がうらやましいといわれたことがあるけど、私にはその子が幸せそうに見えたし安定しているようにも見えた。愛する人と一緒に生きている人は強い。きっとお互いないものねだりなのだろうけど、自分はこの先どんな風に生きていくのだろう、このままでいいのだろうかとも思った。私は自己分析が苦手だし、あまり先々のことを考えるのも得意なほうでもないのでわからないけれど。ただ愛する人とは一緒に生きていきたいとは思う。まだまだ自分の生き方は模索中だけれど。結婚とか出産とか素晴らしいとは思うけどそれだけがすべてではないと思う。自分で自分の生き方を肯定してあげたいと思うけど時々弱気になる。人のことなんて気にしなければいいのにどうしても気にしてしまうね。とりあえず気持ちは晴れないけれど、すっきりするためにジムにでも行こう、、きっとしばらくはこの記事を読み返すのは苦しくて難しいと思う。自分の生き方に自信が戻ってきたときにまたじっくり読み返すことにする。